ようやく朝の通勤の寒さも和らいできました。 ジーンズ下のスパッツも不要です。 ....たぶん(弱)
思い出したわけではないんですが、久しぶりにこのカテゴリで書いてみまっす。
くだらんオハナシですが、ご勘弁をw
.....「今でも覚えています。 昔、こんなことがありました...。」
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まだ小学校中学年くらいじゃなかったけなぁ、3年生か4年生。当時住んでたのは名前が珍しいということで全国的に名高い「セメント街商店街」のわりと近く。
最寄の繁華街といえばもちろんこの商店街。 自転車でよく遊びに行ったものです。
さて、今回はその盛り場を兼ねるセメント町での昔話。
(写真はイメージです。実際の映像ではありません。 念のため)
当時、うちのオヤジは家にシラフで帰ってくることが珍しい...ってくらい、毎晩遅くまで呑んで帰る人でした。
もちろん当時は「親と一緒に居酒屋でゴハンを食べる」なんて習慣は、世間的にありませんでしたな。
盛り場に出るのは、大人の男だけ。

そんなある日のこと。
寒かったのは覚えてるから冬じゃったんじゃないかな。
夕食後の家にオヤジから電話がありました。 受話器をとったのは母。 なにやら話してます。
「お父さん、○○って店におるからコレ持っていきんさい。」(広島弁に脚色)
どうやら、支払いか何かがあるようで封筒を母からコトヅカリます。 ツケでも払うつもりなんでしょうね。
そんなオトナの事情なんぞはつゆしらず、ぴょんきぃ少年は夜の街に親公認で出掛けられるとあって割とウキウキで自転車発進! セメント町商店街のスナックへとペダルを立ち漕ぎですww
スナック....広島ではスタンドと称するお店のドアを開けると、オヤジが居ます。 機嫌が良さそうです。
「これ、オカァさんが持っていけって。」 封筒を渡します。 「なんじゃ、お前が来たんか。」どうやら母が届けに来ると思ってたみたいです。
「あら〜、○○(オヤジ)さんの息子さん? 何年生? ジュース飲んで帰りんさい。」
顔なんぞ覚えておりませんが、化粧の匂いがするおねーさん(おばちゃんかも。子供にはよく分からなかった)がカウンターの席を勧めてくれました。 オヤジもまんざらでもなかったらしく「おぅ、ジュース飲んだら帰れぇよ、の?」とおねーさんと「...この息子がほにゃららで...」と息子自慢なんぞしとります。
ママさんらしい貫禄のあるおばちゃんが「はい、コーラね」とストローのついたレモン輪切りの添えたコーラを出してくれました。 デパートの最上階レストランでしか見たことがありません。 イカしてますw

「ボク、メロン食べる?」
「...はい」
オヤジ、だいぶエエ客じゃったようです(笑) ママさんサービスしてくれます。
初めて入店するスナックの雰囲気の感想なども書きたいのですが、そのあたりのことは記憶にありません。
今日の記事のなかではそんなに重要なことではありませんし。
ここからが今日の記事の佳境です。
オヤジが時々呑んで帰って来る時にお土産でメロンを買ってくることがありました。 旨いですよね、もちろん。
しかし、今、目の前にあるママさんが出してくれたメロンは、ぴょんきぃ少年が知っているメロンではありません。
???
もちろん、食べました。 これはすごくすごく旨いです!
カウンターにいるオヤジに、思わず言ってしまいました。
「お父さん、これ、いっつも買ってくるメロンと違うけど、すっごい美味しいねー!」
「.......? .....あ、」
ママさんもおねーさんも「ん?」と怪訝な顔。
「おー、いっつも買って帰るメロンは、ありゃー味ウリっちゅう種類のメロンじゃけぇなwwwww」
(おとなたち一同ガハハ)
小学校中学年...10年近くですが、「味ウリ」のことを「メロン」だと思ってたぴょんきぃ少年。 驚愕の事実発覚の瞬間でございました。
....学校で再々「昨日、メロン食ったモーん!」などと吹聴してたとはオヤジには言えず、「だましてたのか、オヤジ」と心の中で叫びながら帰路のペダルを漕いだのを懐かしく思います(笑)
....世の中贅沢になったよねー、回転寿司でメロンじゃもんw
子供の頃の最大の贅沢は「パイナップル缶」を独りで全部食べることでした。 おなかイタイイタイなります(笑)
ラベル:こんなことがありました



ウチの畑で採れてた 網目も無く 丸く無いヤツが
メロンじゃ思ぉてました
ウチのメロン・・・嫌いじゃったもんw
※あと、子供ながらに 食ぅたら他胸焼けがしょ〜った
バタークリームのケーキが主流じゃったよねw